■現役 私服保安員の日常
File03 聞き耳
店内を巡回中に、どこかでキリキリと音がした。
今のはカッターナイフの刃を出す音ではないか?
いけない、万引きされる!
咄嗟に小走りで、だが周囲から自身が不審者だと認識されないように気を配り、逸る気持ちを抑えながら音が聞こえた場所及び人物の特定を急いだ。
しかし、見つからない。
音が聞こえた場所の周辺をくまなく探したが、犯人と思われる人物を探しだす事が出来なかった。
聞き間違えたのか?
いやそんな筈はない、確かにキリキリと音がした。
私服保安員というものは、巡回中に涼しい顔をしていても音や匂いに敏感に反応するものだ。
それは不審者発見に繋がる何かを探し歩いているからに他ならない。
常日頃から周囲にアンテナを張る習慣が、自然と身についているものなのだ。
職業病といっても過言ではなく、決して聞き間違いという事は無い…はずだ。
そうこうしている内に今度はハッキリと音が聞こえ、僅かに残されていた疑問は確信へと変わった。
しかし未だに人物の特定が出来ていない。
早く発見して捕捉しないと被害は増える一方だ…
焦りながらも決して表情に出さず慎重に探し回る。
…
そして漸く発見した…
犯人?はデモ機から流れるアニメPV(プロモーションビデオ)だった。
からくり仕掛けのロボットだか何だかが、キリキリと機械音を立て動くシーン。
エンドレスで流れている為、そのシーンになる度にキリキリと絶妙な匙加減の音を立てているのだった。
"ふーん、なるほどねー"
なんと紛らわしい!なんて表情は顔に出さない。
誰に見せる訳でも無いが、何かを誤魔化すように一人軽くうん、うんと頷いて、その場を立ち去る。
そして本心を隠しまた何事も無かった様に涼しい顔を装い、ゆっくりと歩きだした。
by "NT"
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File02 万引きGメンと釣り人
活動する場所が違えど、万引きGメンと釣りをする人の心理と行動がとても類似している話をひとつ。
全国の万引きGメンより釣り人の方が圧倒的に多いと思いますので、ここは釣り人目線で話をしていきましょう。
万引きGメンというものがよくわかると思います。
釣り人によくある話に、人が釣れない様な場所で釣り上げるとどうしても自慢したくなるというのがあります。
誰が行っても釣れるファミリー向けの釣り施設でいくら釣れようとも、自慢するなんて野暮というもので、万引きGメンでもよく捕捉出来る現場で日に数件あげようともあまり自慢にはならなかったりするのです。
しかし、釣れないより釣れた方が良い、捕捉がある方が良いと思うのもひとつの考えですね。
どちらにしても、釣れるかどうかもわからないのに糸を垂らしている釣り人と、来るか来ないかわからない万引き犯を待ち、巡回しているGメンはどこか似ているものです。
実際には1000人に1人の割合で万引きする人間がいるとも言われており、それが本当なら我々は1000分の1を探して毎日勤務しているんですね。
釣りに関してはこんな小噺もあります。
「釣りをする奴ってのはバカだね。釣れるかどうかもわからず糸を垂らしてるんだからバカだね。それを後ろで見てる奴がいるんだからバカの上がいるもんだ。自分のもんになるわけでもないのに『おっと旦那、引いてるよッ 引いてるよッ』何て言って。 こないだも二時間半ピクッともしないものを二人でジッと見てんだからバカだなあって思ったよ」
「嘘だよ、そんなバカがいるわけねえだろう」
「嘘じゃねえよ、だって俺がその二人を後ろからずっと見てたんだから」
この小噺も案外万引きGメンの新人教育の時に類似しているんですよ。
by "KN"
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File01 実況見分
私服保安員が関わる処理のうち、店内での写真撮影に一抹の不安を感じる時があります。
これはいわゆる「実況見分」と呼ばれるもので、万引き犯を捕捉した際、通報で店舗にかけつけた警察官と共に行われる処理の1つ。
皆さんはこれまでスーパーマーケットや書店等へ買物をしに行った時に、店内で『棚に並ぶ商品を指差している姿』を警察官にカメラで収められている人を目撃した事はありませんか?
見た事がある方はこの様に思いませんでしたか?
『あの人、万引きして警察に捕まったんだな…』と。
でも実はアレ、多くの場合が撮られているのは保安員だったりするのです。
職務を遂行する上で仕方のない事ですが、実況見分が必要な事案ともなると保安員は、不特定多数のお客様より逆に万引き犯だと勘違いをされて好奇の目で見られてしまうのです。
そしてここで冒頭に述べた不安が発生します。
"もしも偶然その場に知人が買い物をしに来ており、密かにその場を目撃されていたとしたら?"
"もしもその知人が、私の職業が私服保安員だと知らない人だったとしたら?"
その場で話し掛けられれば誤解も解けようが、下手に気を使われ黙って去られてしまうと、自分が与り知らぬところで勘違いされたまま距離を置かれてしまうかもしれません。
これが噂となり次々と知人知れ渡ったりでもしたら…大袈裟ではなく人間関係の崩壊になりかねません。
たら・ればの話ですけれど、これはもうそうならない様に願うしかありません。 難儀な職業だと思います。
でも、人ひとりの未来をも変えてしまうかもしれない仕事なだけにやむを得まい部分だとも理解しています。
気持ちを切り替えて今日も一日巡回にあたります。
by "NT"
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